2022年度大河ドラマ 第23回 感想メモ
残念!
義時の「色に耽るの志」は、やはり主人公補正・:*+.\*1/.:+されていました。
是非とも八重さんであれだけ重苦しい激情をほとばしらせたので「そういうキャラ」だとして重苦しい激情を正室にもほとばしらせてほしかったのですが。
北条泰時を「最愛の息子」とウェットな言葉で紹介する一方で、姫の前(比奈)を「正室」という無機質な言葉で紹介した時点で「色に耽るの志は絶対ないな」と予想はついていたので、私としてはあまり衝撃的ではありません。
むしろもっと陰鬱かつ昼ドラ的に、北条のために、りくさんあたりの強制で比企の娘を落とそうとその気もないのに一年間ほどラブレターを書き続けさせられるのかもしれない……という覚悟までしていたので良かったと思います。
「色に耽るの志」が出なかったのは、
・やっぱりコンプライアンス的にまずい。(当時の30歳男性といえば立派な壮年ですので、バツイチ子持ちのオッさんが若い女の子に頻りに恋文送る様子を描いたら主人公翌週から顔面モザイクでモザイク音声出演になっちゃう。泰時が主役に交代してしまう)
・義時が恋愛になるとノリがおかしいキャラだってことはみんなわかったよな!以下略された。
・義時の心情を鑑みるとあんな形で妻を失った直後に「色に耽るの志」をできないだろう、というキャラの気持ちを大事にした上での配慮
・激情をぶつけておいて『吾妻鏡』の北条家は比企家を陰惨なやり方で潰すので、義時が非常に酷薄に見えてしまう。
あたりかなと思われます。平たく言えば映像化不可能ってことですね!
今後の展開・比企家の滅びかたによっては姫の前に対する「色に耽るの志」を削り、八重さんへの激情として変奏させた原因がもっと見えてくるかもしれないなあと思ってもいます。
歴史書を読むと姫の前を最愛の妻と紹介しているものもありますが、義時は姫の前に対して猛アタックをしたにもかかわらず、後年浮気をし、側室を迎えて子を産ませ、その後に姫の前の実家を襲わせています。
大河ドラマの製作陣としてはその義時の「薄情冷徹な面」を重く受け止めたのかもしれません。
と「色に耽るの志」でなかったね、残念……でもどう考えても映像化不可能だし仕方ないね!!と自分を納得させ、いや、むしろ「色に耽るの志」という吾妻鏡の謎パワーワードがすごくて連呼したかっただけでこんなに長い前置きを書いたのですが、とりあえず23話の感想をメモしていきます。
というわけで追記から!
■主人公側のが悪役っぽい(確信)
今回、前回と並んで比企家の悪役ぶりが際立っていました。
「千載一遇の機会ではございませぬか!万寿様を次の鎌倉殿に」
「実はその万寿様も、討たれたとか。何がどうなっておるのか」
「ならば、蒲殿を鎌倉殿に」
道さんはあれほどまでに大事に育ててきた万寿が殺された(かもしれない)というのに、表情は変えたとはいえ、次の鎌倉殿を誰にするかのほうが重要なようです。まさに万寿が討たれたと聞いたときの動揺し取り乱す政子とは真逆の冷静さ。
完全に権力の虜なのだなあと思わせる描写です。まさにその姿は悪役といって過言ではないでしょう。とはいえ、比企能員が万寿の放った矢に刺され、「あぁ~!誰じゃ~!やみくもに矢を放ったのは~~!!」とのたうちまわるという面白いシーンもあって一切憎めないのですが。
むしろ、主人公側の方が悪役っぽい。
「万寿の身にもしものことがあれば、源氏の棟梁となるのは、千幡あの子」
「実衣」
「だって他に誰がいると言うの。乳母となって、育ててきた甲斐があったというものだわ……」
「不届きなことを考えるのはよしなさい!実衣!」
北条家の主要四兄妹のなかで誰よりもマイペースだった実衣がとうとう兄の義時や姉の政子と同じように心の中に蛇を飼い始めてしまいました。
この時の実衣の笑い方は正直、怖かったです。道さんや能員なんか目じゃないくらい怖かった。逆にこんな実衣やあんな義時を相手にしなければいけない道さんや能員の方を心配してしまいます。
ただ、実衣は正気に戻ったかのように口を押さえているので、まだ兄とは違って心の蛇は育ちきっていないようです。
また、22話でも。
「どんな理由があっても、手を出してはいかん。なぜかわかるか?お前が北条の一族だからだ。北条は他の御家人より立場が上。だからこそ慎み深くあらねばならぬ」
ザ・北条得宗家らしい父の教えであり、この義時の教えを受けた金剛がどう育つか察しがつくというものですが、
ちょっとまって
北条家今何者でもなくない?
単に御台の親族であり、執権職にすらついていません。なんなら義時はこのとき妻を失った傷心から頼朝の側を辞していました。さらにいえば、頼朝は「どこか一つの家が抜きんでることがあってはいけない」という政治的信条から、時政を冷遇することもありました。
この謙虚さを装った傲岸不遜なまでの誇り。
まさに北条家も、自分は鎌倉のNo.2を目指すのだと野望を抱く比企家と同じなのだと、主要四兄妹のなかで、伊豆時代は兄と姉の陰に隠れていたおとなしい弟妹で、一方なおかつ人並みはずれて聡明である実衣と義時が語っています。
■万寿と金剛
成 長 著 し い 金 剛 が登場しました。
成 長 著 し い 金 剛 です。
成 長 著 し い 金 剛 ですからね!
一週間前から随分と大きくなったなあ、声も低くなって……と思ったらこのテロップが出て死ぬほど笑いました。反面、あんな大きい金剛を義時は抱き上げられないなあ……寂しいなあ……。22話で散々金剛が義時に抱き上げられていたのはこのせいだったのか。
子役さんに弓矢(武器ですからね)を扱わせることはできないという配慮でしょうが、ともかく巨大化してしまいました。
しかし、成長著しい金剛にも十分に美執権たる素質はありそうですね。
心に蛇を飼っている妖艶な美女であるところの父上とは違った感じになりそうです。大天使のごとく神々しい美を感じる。
キービジュアルの黒い直垂は義時の場合は清濁併せ吞むという意味を持ちそうですが、泰時がもしあれを着るのだとしたら裁判官の黒の法服のように「何者にも染まらない」という意味を持ちそうです。
金剛は、根が温和で平穏を好むために自分を曲げてしまいがちな父とは違って、あえて間違っていることを指摘できる気の強い性格のようです。
「やりました、父上!」
「でかしたぞ、万寿!」
「おめでとうございます」
「いやああのように大きな鹿を仕留めるとは」
「子鹿でh」
「だぁーれ!……あぁ、遠くにいたから小さく見えたのだ」
「動きがおかしゅうございましt」
茶番に付き合いきれない金剛、茶番に付き合っている父上から裏拳を受けてちょっと面白かった。
金剛はこの前に「私の鹿……」と自分が狩った鹿が弓矢が下手な万寿が射抜くための茶番用に加工されているのをみています。
このくだりは泰時の「目の良さ(=聡明さ)」ではなく、「あの鹿は俺の鹿なんだよ!俺の鹿なんだよ気づいてくれよ!!!!」という強情さと独立不羈の精神を持っているという描写ではないかと。
その仁政と讃えられる政策から、穏和で温良に見られがちな泰時ですが、吾妻鏡をちょっと読んでみると、若い時から確固たる自分の意見を持っているように見えます。また、祖父と父が頼家と対立を深める中で頼家に直言し、おそらく祖父や父に黙って、嫡子とは定められていなかったはずなのに北条家が農民に貸した借金をチャラにするなど、凄まじい胆力と気の強さがないとできないことをやってのけています。
たしかに、第三代執権なんてとんでもなく気が強いとやっていけないかもしれませんね。
そこがキャラ造形に落とされているのかなあと思ってちょっと嬉しかったです。
坂口健太郎くんなので、お顔ははかなげなんですけどね。これからは、はかなげな外見で放たれるむちゃくちゃ強気の発言+行動の数々が見られそうです。
さて、茶番とかいいましたけど、富士の巻狩りで万寿の強制矢開きがありました。矢開きとは武家の子弟が狩で人生初獲物を仕留めることをいうのですが、頼朝はこの華やかな場所で万寿に早く矢開きをしてほしかったようです。もし頼朝にもう少し万寿(11歳にしかなっていません)の体力的な成長を待つ心の余裕があれば。いや、鎌倉幕府が万寿の成長を待つ余裕があれば。
万寿は頭脳明晰で生真面目、不正を厭う清廉潔白な優等生の模様。頼家がこういう性格なのは意外ですが、こういう人ほど道を踏み外した時に美味しい道を踏み外しやすいということでしょう。
しかし万寿は体が弱かったせいか武芸には長けず、周囲の助言を受けても、いくら射ても、獣が仕留められませんでした。なので義時や比企能員を含めた側近同士で話し合い(暗に頼朝の命があったことが示唆されています)、金剛の獲物であった鹿を万寿の鹿としてすり替えて、矢口祭で捧げてしまいます。そのくだりが爆笑茶番なのですが、笑っては見過ごせないシーンだとも感じました。
吾妻鏡でのちに源頼家は鎌倉幕府史上究極の暗君・暴君として書かれています。その治世の四年間は鎌倉時代の中でも屈指に血みどろの争いの多かった時代でした。父の頼朝、弟の実朝の治世と比べるとその差は歴然としています*2。
万寿は偽の獲物を神に捧げてしまい、それゆえに神の怒りを買い、いかに優れた素質があろうと治世が呪われたものになるのだという恐ろしいシーンでもあります。だからこそいずれ金剛と仲が堰かれてしまうことは見えているわけで、次の万寿に寄り添う金剛のシーンは心にきます。
「私はいつか、弓の達人になってみせる。かならず自分の力で、鹿を仕留めてみせる。必ず」
「楽しみにしています」
父親たちによって自尊心をズタボロにされた少年二人が未来を見ています。この二人はいずれ名君と彼を補佐する名宰相になるのだと、鎌倉の未来は泰平で明るいのだと、そう思いたかったシーンでした。
さて。吾妻鏡では、やはり頼家の矢口祭は不穏に書かれているようです。
頼家は弓の師・愛甲三郎の指導のもと、鹿をとったようですが、矢開きをした後の矢口祭において、皆が儀式の仕方を間違え、頼朝が落胆します。さらには側近が山神の怒りに触れて発病してしまうのです。これと対照的なのが泰時の矢口祭で、頼家の数ヶ月後に伊豆で初獲物を仕留め、その時の矢口祭は頼朝から泰時は褒められています。
これを、吾妻鏡が頼家の不吉な未来を暗示し、泰時を比較対照したものだという説もあります。
『吾妻鏡』は頼家を無視し、頼朝死後に「泰時」と改名する金剛をあたかも頼朝の後継者であるかのごとく描くのである。
坂井孝一『源氏将軍断絶 なぜ頼朝の血は三代で途絶えたか』PHP新書
矢口祭での逸話が源頼家の暗い将来を予兆するものとして述べられている点については同意するが、頼家の悪行についての『吾妻鏡』の記述は正治元年の頼家家督継承以後のものである。
佐伯智広「『吾妻鏡』空白の三年間」『立命館文学』
ドラマでは上記学説の「頼家の不吉な未来を暗示し、泰時を比較対照したもの」「源頼家の暗い将来を予兆するもの」、まさにそれが採用されているようです。神の怒りに触れてしまった万寿。何度も言いますが、優れた人格の持ち主であるだけに、心にきます。
■伊東家の物語を閉じる
曽我兄弟の仇討ちが描かれました。
畠山重忠が美しすぎる!!!!!!!!(仇討ち阻止に失敗しているけど美しすぎるので失敗感がない。すごい。これが畠山重忠か……)
これは完全に時代考証のさかい先生の趣味ryさかい先生が「曽我物語」の研究をされているためにかなり根気の入った曽我兄弟の仇討ちだったと思います。ダイナミック。
さかい先生、義時・義村盟友説といい、前述の金剛・万寿比較対照説といい、曽我兄弟の仇討ちといい、みたにん先生の耳元に「こうしてほしい」「ああしてほしい」と囁いちゃってる感があるんですが。ささやき歴史学者(褒めてます)
前作とも言うべき「草燃える」をほぼ踏襲したお話なのだそうですけど、「草燃える」自体を断片的にしか見ていないのもあるでしょうが、むしろ2022年現在にかなり響くお話になっていたなあと思います。
「鎌倉殿の身代わりとなった工藤殿は、曽我兄弟と因縁ぶかき間柄。かつて兄弟の父親を殺めたのが工藤殿」
「敵討ち?」
「これは敵討ちを装った謀反ではなく、謀反を装った敵討ちにございます」
「草燃える」では確か鎌倉上層部のおじいちゃま方が「敵討ちを装った謀反ではなく、謀反を装った敵討ちなんっていうことにしとこーぜ?」というふうに決定していましたが、今回これを進言したのは義時。
しかも、単なる主人公アゲではないのですよね。
曽我兄弟は義時の従兄弟・義理の甥(八重さんの甥)であり、工藤祐経は義時の義理の叔父にあたります。しかも曽我兄弟の父親・河津祐泰は義時の伯父。
幸い義時は祐経が祖父・祐親から「ひどい仕打ち」を受け、千鶴丸を失った頼朝に焚きつけられた祐経が祐泰を殺した時、まだ幼く時政の庇護下にあったため、一応大枠の事情は知りつつもほとんど何も関わることなく穏やかに過ごせていました。
一方で義時は祐経が祐親の非道を訴えるところも見ているし、千鶴丸が殺されるところも見ているし、慕っていた祖父の祐親と叔父の祐清をほとんど目の前で頼朝に殺されています。伊東家の怨讐の中心人物である八重と婚姻関係にもありました。さらには曽我兄弟が子供の頃、祐経を襲う姿も見ており、八重がそれに憤然としていたのも見ています。しかもある種諸悪の根源である頼朝は同じ釜の飯を食った義理の兄なのです。
義時にとっては、誰も責めることができません。
聡明である義時なので、ある程度の「真相」には辿り着いているのではと思います。
でも全てを飲み込んで、その結果、「工藤殿は曽我兄弟と因縁ぶかき間柄。かつて兄弟の父親を殺めたのが工藤殿」と頼朝に言ったのですよね。
「私の義理の伯父の工藤祐経を焚きつけたのも、祖父の祐親を殺したのも、叔母の八重を弄んだのもお前だろ、俺の祖父の家をここまでぐちゃぐちゃにしたはお前だろうがよ。その責任取れよ」というその先の言葉を飲み込んで。
「責任取れよ」の言い換えが「敵討ちを装った謀反ではなく、謀反を装った敵討ち」なのだろうと。「敵討ち」ということにしてしまえば、「謀反」であったという事実は頼朝以外の人間には重くのしかかりません。
義時の母の実家の生き残りの行ったことを鎌倉殿が「美談」だと褒めてしまえば、義時の祖父の家、伊東家の復讐の連鎖・因縁はここで断たれることになります。
「敵討ちを装った謀反ではなく、謀反を装った敵討ち」というのは、義時が祖父の家の争いの事後処理をし、義時が頼朝にかけたかなり重い呪い、祖父を殺されたことに対する復讐ではないかなあ、と深読みしています。
「違う!俺が狙ったのは、頼朝だ!祖父・伊東祐親を死なせたのも、坂東をおかしくしたのも頼朝なんだ!!」
という曽我時致の痛烈な叫びは、義時というフィルターを通して見るとまだ浅く清純で愚かで美しいです。
これに対し、同じ祖父を持つ人間である義時は「これは敵討ちを装った謀反ではなく、謀反を装った敵討ちにございます」と、美談とさせ、従弟の敵である頼朝に思いっきり重い責任を取ってもらいました。頼朝は静かに自己欺瞞に悩まされていくことになるでしょう。
同じく、義兄を襲い、鎌倉を乱した従弟・曽我兄弟に対しては落とし前をつけてもらうために本人たちの意図とは違う「物語」を押し付けます。
義時の「以上でございます」は長い長い遺産相続の争いが集結し、書類にサインし終えた最終相続人の感がありました。もう全ての怨讐の中心であった八重もいないし、物語上に出てきている中で伊東祐親を祖父に持つ人間は義時と義村と金剛のみとなりました。義村は三浦家が両肩にかかっており、金剛はまだ幼く、伊東家の怨讐を閉じるには義時しかいませんでした。
伊東家をめぐる怨讐を義時自身が閉じ、「美談にした」というところは、現代では「家族」という問題が「毒」にもなり、人を苛むほど複雑化しているなかで、心が軋みました。なにせ義時は、義兄と、自分の母の実家の間の問題を背負って、全て片付けたのですから。
そしてこれから義時は、本当に「家族」と向き合わなければならなくなります。ここからは、北条家が崩壊していくお話になりますね……。すでに時政の義時を見る視線が、「恐ろしいものを育ててしまったぞ」という視線でした。義時の唯一の希望である金剛も、父の黒い面をどこまで知っているのでしょう。