Don't mistake sugar for salt.

読んだ本や思ったことの記録

2022年度大河ドラマ 第24回 感想メモ

カンザキイオリさんの「命に嫌われている。」を聞いた時レベルに心にくるもののある回でした。

大姫ちゃんの死をどう考えたらいいんだろう。というわけで追記から。

 

■金剛ちゃんが天才すぎる。

比奈ちゃんに鬢削ぎができました。たぶん義時が切ったんでしょうね*1
また、比奈ちゃんは頼朝に起請文を提出しろといわれたと話しています。
八重さんとの時、義時は「鎌倉殿にお許しをいただくのはもう少し先にしよう」と二人で話し合っています。鬢削ぎにはならなかった八重さんとの婚姻に比べて、義時と比奈ちゃんの婚姻が世に認められた正式な婚姻であることをほのめかすような描写です。

どんな顔をして比奈ちゃんの髪を切ったんだろうと考えると、年上の余裕ある未亡人・義時とパワフル美少女・比奈ちゃんの関係は、……ご飯お代わり!!!

義時の生きる希望・金剛は今回も出ていて、なんと『貞観政要』を読んでいました。
マキャベリの記した『君主論』とならぶ、世界最高のリーダー論の一つとされている『貞観政要』。唐の皇帝・李世民の治世が中国4000年の中で最も安定した時代の一つだったのだそうですけど、そのときの李世民の政治手法をまとめたのが『貞観政要』となります。今回の泰時のみならず、北条政子源実朝徳川家康明治天皇なども愛読したとか。個人的には政子が読んでいるというのがすごいと思います。なぜなら当時は女性は漢字を読んではいけないとも言われた時代です。

教育などあまりうけてこなかっただろう伊豆のど田舎の出のお嬢さんが、最終的には漢文に慣れている男性でも苦戦するだろう貞観政要を読破する。その過程の努力を考えると、すごいなあ、と思います。北条家は好学な家系だったのかもですね。

ドラマでも政子が勉学に励む様子がちらほら描写されていますね。

しかし、政子よりすごいのが今回の金剛。最初は父母に、最近はおそらく寺院かどこかに通うか、身近な公家に漢文の教育を受けているのでしょうけど、10歳の彼が『貞観政要』を読破する。先生もびっくりの天才児かもしれません。

いや、ひょっとしたらと妄想の翼を広げてみると、金剛に勉強を教えているのは大江広元殿かもしれません。彼なら義時に頼まれてその子供に勉強を教えそうだし、「金剛。来週までに『貞観政要』を読んで来なさい。お貸しします」ってスパルタなこといいそうだもん!

パワフルな新妻と天才児の息子と、どんどんシビアな世界に足を踏み入れていく義時と。3人の微妙な均衡で保たれている関係がどうなっていくのか楽しみです。

■生きることを拒んだ

蒲殿と大姫、二人が亡くなりました。蒲殿の死は、生きようと思っていた人の死だったので私にとっては受け入れることができました。生きようと思っていたということは人生に絶望していないことで、最後のときまで、蒲殿が前を向いて懸命に生きていたことがわかったのでよかったのです。兄を恨んで喚いての死ではなく、善児死だったし……。

しかし、善児は自分よりはるかに豪華な服を着た武家を殺すことでどこかに薄暗い快感を得てませんかね。今回少女を殺さなかったのは、自分と同じような農民の出だったからでは?と思っています。同情したのではなく小さい貧しい少女を最後に殺してもつまらないと思ったのかもしれません。

今回、私にとって胸にずっしりと来たのは大姫でした。

生きることを拒んだ体はそのまま衰弱の一途をたどり、建久八年七月、大姫は20歳の生涯を閉じる。

長い長い、大姫の生きるための闘いが終わりました。
このシーンを見た瞬間、どっと涙が溢れてしまいました。

穏やかで冷静な叔父が、「姫を連れて行け、早く!」と珍しくも声を立ててどなり、何が何やら訳のわからないまま、血相を変えた叔母によって父の座所から出ていかされて十三年。心神喪失状態になったために引き取られた叔父の家で、ようやく傷も回復し始めていたところ、義高を殺したのだと父本人の口から聞いて十二年。静御前を助けようとして助けられず、ただその心意気を感じ取って十一年。笑顔を取り戻して御所に戻ったところ、悪意がなかったとはいえ、弟の万寿に傷をほじくり返されて八年。その直後、源氏物語にはまったり謎のまじないにはまったり、別の名を名乗りだし。入内の話が出て六年。ようやく落ち着いたかと思ったら、貴族・一条高能との縁談を勧められ、また入内の話が出る。

徹底的に父親に利用され尽くした人生でした。大姫が悲しいのは、やっぱり利用される義時、八重さんや比奈ちゃんと違って、自分は利用されているとは一言も親を責めなかったことです。

どんな酷い目にあっても、誰も助けられなくても、それでも、なんとか前を向いて笑って*2、生きて、生きて、生き抜いた結果。

おそらく大姫としては、新しい縁談相手である一条高能とのお見合いで自分の中の義高が消えつつあることに気付いているからこそ義高を生きている人間のように話したのかなと思います。

面白いのが、破談の原因は大姫の気持ちにあるだけでないのが示唆されているところです。高能が許婚を悲惨な形で失くした大姫の気持ちをおもんぱからず、「しかしその方は」と大声で言ってしまい、大姫の気持ちを受けて「意気消沈」ではなく「呆れかえ」りました。高能がもう少し優しい性格で、目の前で許婚の首桶を見た大姫の深い傷を理解していれば、義高の死を大姫に強調することの残酷さがわかったと思います。

縁談相手が大姫の来し方を自己本位に踏みにじる人で、なおかつ義高の記憶も薄れゆくなかで、「生きている限り、人は前へ進まなければならない」「面影が薄らいだということは、冠者殿が前へ進めとおっしゃっていること」という巴の言葉に大姫は救われたと思います。巴と義盛の関係を見て、自分もああいう風に義高ではない人とでもいいから温かい家庭を築いて、笑える日が来るのだろうと思ったでしょう。義盛と巴の姿は、どこか父と母の姿を彷彿とさせたかもしれません。だから笑ったのでしょう。

入内は自分の人生にとって幸せになる、前へ進むことのできる明るい話なのだと思ったでしょう。

大姫はおそらく、懸命に「生きる」道を模索してたのでしょう。
ところが。

「そなたの娘など、帝からすればあまたいる女子の一人に過ぎぬのじゃ。それを忘れるな」
「兼実公のご息女と通親卿のご息女。このお二人が、すでに帝のお子を身ごもっておられるのはご存知ですね」
「帝のきさきとなり、男子を産めるかどうか。都では一門すべての行く末をその一点にかけて入内させるのじゃ!そなたにその覚悟はおありか?」
「頼朝卿に伝えよ。武力を傘にきて、何事も押し通せるとは思われぬように、と」

京へ登った丹後局は、入内は「温かい家庭」「明るい未来」を築くのではなく、徹底的に「家の道具」となり、男子を産めなければ未来は暗澹たるものなのだと示唆します。そして都では温かい世界などなく、帝という高嶺の花を巡って熾烈な争いが繰り広げられ、着物の着方一つ*3でも厳しく言われる世界であると。

そして、局は頼朝と大姫の父娘関係は知らないまま、ふと口にしてしまいましたが、やはり大姫の幸せの道は頼朝によって閉ざされるのだと。

もし、日本の後宮が「帝の寵愛を受けた人間こそが正義で絶対的な権力を握れる」というふうに流動的なものであれば大姫も前を向けたかもしれません。しかし、そうではないということを大姫は源氏物語を読んで知っています。なにせ源氏物語は帝の寵愛を受けた人間が家柄が低かったせいで死んでいく話なのですから。

自分の幸せなど捨てる世界にこれから入るのだ、それが父の望む道なのだと教えられてしまった大姫の目の前から、明るかったはずの未来が、はかなくも消えてしまいました。

もちろん、後宮に向いている女性もいます。丹後局もそうでしょう。しかし局は後白河院という、すでに帝の座を退き、なおかつ今様好きであればどんな庶民でも積極的に身辺にあげるフランクな院の寵姫であったから権力を握れただけです。

白河帝から後鳥羽帝までの後宮を振り返ると、帝は家柄にそって女性たちを寵愛します。自由に好きな女と戯れられるようになるのは譲位し院となってからです。後白河でさえ、帝として即位した時、十年以上の長きに渡って愛した女であり彼の子を最も多く生んだ藤原成子を側に置けませんでした。成子は父が「権大納言」でしかなく、大した後見がいなかったからです。ちなみに成子の息子の一人が大姫の父の人生に大きく影響した以仁王です。

大姫は父が権大納言の下、右大将でしかありません。大姫は前を向いて歩いても暗闇の世界を歩むことになってしまいました。

歴史学的な観点として、右大将でありながら娘を入内させようとした頼朝のこの姿勢には様々な論争があります。寵愛されるはずもない場所に娘を放り込もうとしている頼朝の姿勢は大失敗だという説さえあるようです。

また、事実としては丹後局がこれほどまでに大姫に厳しい道を示したのは、非常に複雑な政治事情がありました。頼朝は九条兼実土御門通親の朝廷での主導権争いのなかで、通親を選んだのですが(ドラマでも通親に多量に金品を貢いでいましたね)、通親は頼朝と組んだことをきっかけに兼実を失脚させ、兼実の息女・任子を内裏から追い出します。でも通親は頼朝の望んでいる大姫の入内話を進めようとしませんでした。だって自分の娘・在子が帝に嫁いでいるからです。ようやく娘の強大なライバル・任子を追い出せたというのに、さらに可愛い娘のライバルを増やすバカ父がどこにいるというのでしょう。丹後局は通親と親しく、ドラマ内での強い牽制も通親の意を汲んだものではないかとも捉えられます。

頼朝としてはどうやら在子が通親の養女で、その実父が僧侶であることに望みをかけたようですが、上記のように皇子時代から愛していた権大納言の娘でさえ満足に寵愛できない帝という立場上、「東夷」と呼ばれる坂東武者の母を持つ大姫を、子を持つほどに寵愛するかというと疑問符しかありません。

平家はそこを見越して、まず退位してどんな身分の人間も寵愛できるようになった院・後白河院のそばに建春門院滋子をはべらせ、その滋子が生んだ帝・高倉帝に建礼門院徳子を入内させているのですよね。それにも色々ゴタゴタがあって、それで以仁王の令旨がでて平家崩壊のきっかけとなってしまうわけです。滋子自身も武士であった「平家(伊勢平氏)」の生まれではなく、院近臣の令嬢として後白河院の姉に仕えていました。やっぱり源氏でしかなく、女房としてどこかに仕えて人脈などを築いたこともない大姫が無事に入内できるかというと院政後宮大好きマンとしては疑問符です。

 

■母と娘、家族に愛された子

ドラマでは、頼朝が熱くなって「言わせておけ」と見当違いな発言をするほど何も見えなくなっている中で、政子と義時は冷静になります。いや、ずば抜けて聡明な二人なので、気付かざるを得なかったのでしょう。もう無理だということに。

「私が無理をさせてしまったのです。そもそも入内に無理があったのよ」
「はい」

このやりとりがあるので、政子(と義時)に関しては大姫に寄り添えなかったとは思えないのです。

むしろ心療内科も精神科もない時代、大姫の心の傷がどれだけ深いのか、それがどうして心身に出てしまうのか、手探りな状態の中で、環境を変え(義時の妻のもとへ預けたり)、彼女の奇矯な行動に関しても家族で情報を共有して対処していました。でも、あまりに負った傷が深すぎて、家族内で対処しきれなかった。

政子や全成たち家族のいいたいことと、他人である巴の言っていることは同じなのですが、むしろ巴のいいかたの方が大姫に響くというのは皮肉でもあり、逆に巴自身一回「死んでしまいたい」と考えた人間であるゆえの凄みがありました。

もちろん、他人である巴より、大姫の苦しみにずっと寄り添ってきたのは母・政子であり。

「私は、私の好きに生きてもいいのですか?」
「もちろん。入内の話は、もう忘れましょう」
「好きに生きるということは、好きに死ぬということ?」
「母を悲しませることを言わないで」

このときの政子の穏やかな表情で泣いてしまいました。普通であれば「何言ってるの!そういうことをどうしていうの!?」と詰問するはずです。

そうではなく、娘はこの世に先がないのだと悟っていて、その思いを穏やかに包み込んでいる、しかしながら母として子供に生きていてほしいという思いが詰まった表情でした。

有り体に言えば、何回も何回も同じような話をしたのだろうと。政子も頑張って大姫を支えたし、大姫も頑張って母の思いに応えて死んでいく心を抱えて前を向こうとして生きたのだろうと、感じました。

その姿は、まさに長い長い闘病生活を戦い抜いた母娘でした。もう二人とも……、お疲れ様という言葉が軽く思えるほど……戦い抜いたなと思いました。

「死ぬのはちっとも怖くないの。だって、死ねば義高殿に会えるんですもの。楽しみで仕方ない」

この言葉、よくよくと考えてみたのですけど、「母を悲しませることを言わないで」を受けての言葉なので、大姫としては義高への思慕もさることながら、「死に行く自分は迷わずに義高のところへ行くので安心してほしい、悲しまないでほしい」と母に言いたかったのだろうと思います。

「なんでしょうね。頭にぽっかり穴が開いて、もう何も考えられない」
「ただ一つ言えるのは、こんな思いはもうしたくない」

政子の辛い叫びが悲しいです。そして彼女は「こんな思い」をなんどもするということが。彼女の生んだ子は大姫からずっと、母より先に若くして死んでしまいます。

時政の悲しみようもまさにかわいい初孫を失った祖父そのものであり、言葉をなくすとはこのことなのだろうと思います。

そして頼朝。表情から、愛娘である大姫の死のショックが精神に大きな打撃を与えたことがわかります。

「わしは諦めぬぞ。わしにはまだ、なすべきことがあるのだ」

まるで何かに取り憑かれたかのように、すぐに一度失敗し、無謀な三幡の入内の支度にとりかかるよう言う頼朝。その時の母の政子の「何言ってるの……?」という表情。祖父時政の震える顔。叔父義時の冷静な調子を崩さないながらも一瞬現れる戸惑い。
その姿に北条家が大姫を愛していたのだという様子がわかって嬉しいのと、頼朝が心配になるシーンです。父上しっかりして。

愛する娘を失ったことで無敵・凶悪になってしまう父は創作作品によくありますが、頼朝もそのパターンだと思われます。

そもそも頼朝にとって自分の天の加護が消えたことは察しており、その証拠として大姫入内の失敗とそれに続く大姫の死を痛感したはずです。大姫を愛していれば愛しているほど。
義経を失ってから静かに崩れていった頼朝の心の均衡が、範頼を遠ざけることで崩れ、最愛の大姫の死により破綻してしまいます。

来週は頼朝が狂っていくもよう。

■盟友、契約更新完了

義時と義村のリューク夜神月的な「盟友関係」は今回、酒をもって契約更新されました。

その自立した関係がクセになるんですよね。義時の親友は重忠なんでしょうけど、共犯者は義村ですね……。

義時がボケ倒した重忠に「お前だって来てるじゃないか!!」とツッコミながらキレるほどフランクになってきているのがあまりに光と愛と笑いに満ちていて面白いのですが……。

その真逆を行くのが義時と義村の予感。

義村は義時との「盟友関係」という切っても切れない絆がある一方、三浦をこれから率いる人間としては同じく相模周辺を支配下に置く北条と対立するのは不可避だと自覚しています。

うーん、どうやって動くんでしょうね。

思うんだけど義村は大姫にどストライクの助言を与えられるあたり、大姫と同じ思いをしたことがあるのだなあとしみじみ思いました。そういえば彼は最初は父に全く逆らえなかったけど、今回はかなり父を痛罵しています。変わったなあ。

 

*1:女性の胸のあたりまでで切りそろえられているひとふさの髪です。女性の成人の折、父兄や女性の婚約者が切るものとされていました。また既婚女性は鬢削ぎを作ります。

*2:それが怪しいまじないにはまり、母の実家をイワシの匂いまみれにすることだったり、別の名を名乗ることだったとしても

*3:局が激怒したのの一つは、大姫が着物の着方を誤っていたせい(既婚者が着る緋色の袴をきていた)で、「狙いか、狙いなのか」という彼女の言葉から「緋色の袴を着るということは、すでに日本国内で隠然たる力を持っている頼朝が、大姫の帝への入内を決定事項としており、丹後局ら朝廷を挑発している」と受け取ったと推察できます。