Don't mistake sugar for salt.

そいつが歴女で隠れ腐女子だ!読んだ本や思ったことの記録だ!!

作業するページ⑨

プロイセンのフリードリヒ大王とエリーザベト・クリスティーネ王妃の文通を訳しています。

  • わりと仲睦まじい王太子時代、
  • エリーザベトと別居して「優しさを感じませんわ〜!」と手紙で殴られる大王、
  • 軍事・政治的名声と反比例するように、まるでダメな夫(=まだお)になっていく大王と優秀な王妃として開花していくエリーザベト、
  • 大王に素通りされたらさくらんぼ送りつけてくるエリーザベト、
  • エリーザベトにお金が支払えない大王(※わりといつも)、
  • オーストリア*1と戦争するときはかならず喧嘩しだす二人、
  • 弟アウグスト王子の死に際し夫婦初の連携プレーを取る二人、
  • 七年戦争がしんどすぎて自殺を考えた時にエリーザベトに「私のすべてはあなたのものです」といきなりデレだす大王、
  • エリーザベトの母親(=姑)が嫌いな大王、
  • 自分死後のエリーザベトの生活保障はきっちり決めておく大王、
  • エロいふしだらな女は苦手でエリーザベトに紹介する気のない大王、

と色々面白ネタ満載でしたが、

もう老いてきてしまってお互いを労わりあう文面が目立ってきているようです。


*1:エリーザベトの従姉妹のマリア・テレジアが君主をしている

フリードリヒ大王と王妃の文通を翻訳してみよう〜⑤

引き続き、海藻(kaisou-ja)様と十八世紀プロイセン に生きていた、一言では形容しがたい関係の国王ご夫妻の文通を訳しています(⌒▽⌒)

夫→フリードリヒ2世。みんな大好き大王陛下。七年戦争の準備をしている。仕事人間のため、大きな戦争があるとまったく家庭を顧みなくなってしまい、妻にキレられる。つまり今回も怒られた。
妻に対しては偉大ではなくまるでダメな夫、まだお。だが、今回まだおはまだおなりに奮発して、自分の死後の妻の収入源を確保した。

妻→エリーザベト・クリスティーネ王妃。天使レベルの善良さ。どうして大王に耐えて離婚せずプロイセン王妃のなかで最長在位を保てたのかはわからない。
従姉妹が治めるオーストリアが関わる戦争を夫が起こすと、ご機嫌斜めになりがち七年戦争が近い。つまり今回も夫に怒った。
ところが、夫の生前に残した遺言で、自分の収入源が確保されていると知り……✨

ざっくばらんな女系の系図を載せておきます。

f:id:halucy0423:20200805092723p:plain

 

  • 41. A LA MEME(王妃へ)
  • 42. A LA MÊME.
  • 43. A LA MÊME.
  • 44. A LA MÊME.
  • 45. A LA MEME.
  • 46. A LA MÊME.
  • 47. A LA MÊME.
  • 48. DE LA REINE.(王妃から)
  • 49. A LA REINE.(王妃へ)
  • 50. A LA MÊME.

 

追記にしまうことにしました。

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作業するページ⑧

18世紀プロイセンに実在した、一言では形容しがたい仲の国王夫妻の文通を海藻さん(kaisou-ja)と訳しています(⌒▽⌒)


残念ながら、私はたまたま18世紀の王妃様を調べていた時に書簡が公開されているのを見つけたもので、フランス語はおろか、18世紀プロイセンに造詣がありません。豆腐メンタルでもありますので間違いがあれば優しくご教授ください。

 

王様:フリードリヒ大王(フリードリヒ二世

マダムは少しお太りになられたようだな!!!!

王妃さま:エリーザベト・クリスティーネ王妃

あなたに優しさを感じませんわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

という言い合いが魅力的な珍妙なカップルの文通です♡

作業するページ⑦

プロイセンのフリードリヒ大王とその妻のエリーザベト・クリスティーネ王妃の文通を手前勝手ながら海藻(kaisou-ja)様と翻訳したものになります!

当方、フランス語はおろか18世紀プロイセンに造詣がないので間違いなどありましたら優しくご教授いただけると幸いです。

*めも!*

フリードリヒ2世:政治・軍事は天才だけど人付き合いが嫌いすぎて妻に公式行事を任せがち。弟が自分のせいで死んだり七年戦争でボロ負けしそうだったり、あまりにプロイセンが負けるので退位を考え自殺未遂しかけたり、踏んだり蹴ったり。

エリーザベト王妃:人付き合いは上手だけれど政治に関心がないので夫に政治を任せ切っている。あんまりにプロイセンが負けるし、夫が自殺未遂しかけたり、妹の夫が死に、母親も死んだ。踏んだり蹴ったり。

フリードリヒ大王と王妃の文通を翻訳してみよう〜④

18世紀のプロイセンに実在した、一言では形容しがたい仲の国王夫妻の文通を海藻さん(kaisou-ja)と訳しています(⌒▽⌒)

残念ながら、私はたまたま18世紀の王妃様を調べていた時に書簡が公開されているのを見つけたもので、フランス語はおろか、18世紀プロイセンに造詣がありません。豆腐メンタルでもありますので間違いがあれば優しくご教授ください。

*メモ(あらすじとしてお読みください)*

夫:フリードリヒ二世。30歳〜35歳。職業はプロイセンの王様。即位して数ヶ月後に南の大国オーストリアに侵攻する、野心の塊のようなお方。妻のエリーザベトにオーストリアとの戦況を書き送っているが、今までの手紙の中で一番楽しそう。政治の都合でエリーザベトの兄を見捨てた時の彼女に対する言い訳(※逆ギレ)が政治哲学。エリーザベトの弟を戦死させた時のお悔やみの言葉が一行。彼女にキレられて送り直した時の手紙は、子供の言い訳のようである。さすがにエリーザベトの宮殿(シェーンハウゼン宮殿)を素通りしたときは、彼女から高度かつ優雅な反撃(大好物を贈られる)を受けた。
自分たちの間に子供が生まれないため、エリーザベトの妹のルイーゼ・アマーリエを、自分の弟で王位継承順位第一位のアウグストと結婚させる*1
そんなこんなで31通目から40通目では、政治・軍事的名声と反比例するように、夫としてグダグダかつポンコツになっていくフリッツくんの姿が見れる。

妻:エリーザベト・クリスティーネ王妃。27〜32歳。プロイセン王妃。上記のようなロックな夫を抱えているが、本人はプロイセン王妃として真面目に仕事をしているようで、フリードリヒのオーストリアに対する陰謀に協力していたりする。ところが当時のロシアの政治の都合が微妙だったため、フリードリヒは彼女の兄であるロシア皇帝の父(アントン)を見捨てる、さらには弟が戦死した時にもらったお悔やみの手紙が一行、宮殿を素通りされるなど、見返りがないこんな夫でいいんだろうか。とはいえエリーザベトも負けておらず、弟が戦死した折は、うまいこと周囲を動かして再度お悔やみの手紙を夫に書かせ(言い訳ばっかりだが)、素通りされた折にはフリードリヒの大好物のさくらんぼを贈って夫を謝らせている。凄まじく交渉能力が高い人の予感。大体の人と仲良くなれる性質らしく、男性であれば外交官として活躍したかも。
フリッツくん、お前の嫁、ただものではないかもしれないぞ
自分たちの間に子供が生まれず、フリードリヒの命で、妹ルイーゼ・アマーリエが、プロイセン王位継承順位第一位のアウグスト・ヴィルヘルムに嫁ぐ。

  • 1742年
    • 31.A LA MÊME.(王妃へ)
    • 32. A LA MÊME.
    • 33. A LA MÊME.
    • 34. A LA MÊME.
    • 35. A LA MÊME.
  • 1744年
    • 36. A LA MÊME.
  • 1745年
    • 37. A LA MÊME.
    • 38. A LA MÊME.
  • 1747年
    • 39. A LA MÊME.
    • 40. A LA MÊME.

 

*1:すでにフリードリヒの妹であるフィリッピーネが、エリーザベトの兄のブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公カール1世に嫁いでいるため、ここにおいてホーエンツォレルン(プロイセン王)家とブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル家は三重結婚関係を結んだことになる。

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作業するページ⑥

18世紀プロイセンの、変わった夫婦の文通を海藻(kaisou-ja)様と訳しています(⌒▽⌒)

私はプロイセン何それ美味しいの?フランス語??一瞬だけ第三外国語として大学で習ってたけど、いやまるっきり忘れたわまじ無理の亮〜〜!なうえ、豆腐メンタルですので、間違っていたら優しく教えてくだされば幸いです。

*メモ*

夫である人:フリードリヒ二世プロイセン絶対強大化させるマン(⌒▽⌒)8年くらい前にオーストリアをめちゃくちゃにしたはずなのに、このたび外交革命を起こされてオーストリアが仲間を引き連れグレードアップして帰ってきた。三枚のペチコートで囲まれている。本人は「人付き合いなんてもううんざりだ!」といわんばかりに公式行事の主催を妻のエリーザベトに押し付け、首都のベルリンから逃げてポツダムのサンスーシ宮殿で半ば引きこもり生活をしている。妻に対する手紙が、日記かツイッターかお知らせか謝罪文か言い訳かお金のことであり、グレートさに欠けるが、エリーザベトに対する生活保障は俺が死んでもしっかりするというタイプだと判明。宇宙で一番愛しちゃってる姉以外との兄弟仲が壊滅的に最悪。

妻である人:エリーザベト・クリスティーネ王妃。人付き合いが苦手な夫にかわり、公式行事は国王代理として主催している。シェーンハウゼン宮殿とベルリン王宮を行ったり来たりして過ごしている。オーストリアに縁が深いため(マリテレのいとこなのです……)、すごく微妙な立場なのかもしれないが、それをへし折ってプロイセンの皆様と仲良くできる、人付き合い能力の高いお方。夫に対して基本デレデレだが、あまりに夫が仕事ばかりに集中して、まったく家庭を顧みないときは容赦がないらしく、七年戦争直前の夫の行動にキレて喧嘩した。その時の夫の謝罪文が腹を抱えて笑っちゃうほど潔い。