Don't mistake sugar for salt.

読んだ本や思ったことの記録

白銀の墟 玄の月を読んだ②ポンコツ化している戴の官吏たち

前の記事はこちらです。スターまでいただいてしまってありがとうございます。

いきなり寒くなってきました。布団を急いで冬布団に変えました。

 思うところが溜まってきたため、感想を続けようかなと思います。

 

ネタバレを壮絶にしておりますので続きにしまっておきますね。

 

「黄昏の岸 暁の天」にて、泰麒は無事自分の国である戴に帰ることが示唆され、今作で戴に帰還することができました。
個人的には、そのまま民衆を率いて謀反人と対峙するのかと思ったのですけど、そうではありませんでした。彼は戴の王宮、つまり彼が元いた場所である白圭宮に戻ります。

本作が退廃的な印象になるのは、主に、泰麒が退廃と腐敗の渦巻く王宮に降り立って、政治闘争を戦い抜いているせいだと感じます。李斎パートは探偵もの感があって、謎は多くとも、退廃さは感じません。

退廃と腐敗の渦巻く王宮と言えればかっこいいのですが、泰麒が相手にしているのは、言うなれば……電子カルテ導入されてない大病院の待合室の空気です。長い。待たせる。少しお待ちくださいと言われ半日経過してる。

ないしは便秘。便が腸に充満している糞詰まりといった空気でしょう。

慈悲の生き物ですがこれはムカつきます。おでこに深い傷を負った患者・泰麒(気の強さでは麒麟界随一だと思われる)、下剤を持ちながらマジギレしまくっています。

◆思考停止中な戴の官吏たち

泰麒への対応を見ていると、「戴のセキュリティ大丈夫か?」と不安になります。

国家犯罪犯レベルに怪しげな二人組をこれだけ長時間、しかも護衛の見張りすらほとんどつけないのと同じ状態で放置していていいのか?

何しろ何をするにせよ連絡が遅い。

項梁は「泰麒を軽く扱っている」と怒っていますが、それぞれの官吏一人一人の言動を見るに、それぞれ泰麒が帰還したことを喜ばしく(ないしは政治的な意味で面倒に)思っているようです。ですが、泰麒その人が現れても歓迎しない。
おそらく、連絡が行ってないのだと思います。麒麟が帰還したという。

これがわざと情報が隠されているなら良いのですが、そうではなさそうなのです。連絡ミスの連続。
読んでいる私も感じましたし、登場人物の平仲も言っていますが、「あえていうなら、ばらばら」。他部署や他人の動きになんら興味がないし、自分たちは自分の仕事をしてればいっかー、それで1日が終わるしー、なーんか戴にとって重要な人物が来たみたいだけどよくわかんないからいっかー、まさか王や麒麟でもあるまいし……みたいな。

 

こういう時、連絡係になるはずの冢宰の張運も一切動けません。
なぜなら、逆心があるというより、「逆心を抱きたいのに、その対象が壁のように動かないので呆然と立っている」という状態だからです。全てに反応がないので、指示待ち人間になるしかない彼。

慶の冢宰の浩瀚がよく働くのは、慶という国を日々良くしていきたいという願望と、それに少しずつ慶の民が良い反応なり悪い反応なりで答えているからと思います。そして、彼には忠誠を誓うと決めた女王陛下がいます。その女王はこの国のことを考え、慣れないなりに、幼いなりに、働こうとしています。だから、冢宰であることにやりがいがあるんだと思います。
今あげたのは優等生の例ですが、悪い子の例も挙げておけば、前の慶の冢宰の靖共も、権力を握れば懐がホクホクになるので、冢宰であることにやりがいを感じていたと思います。

ですが、張運は、何をしても民は反乱を起こすし、戴は傾いていくし、何をしても主君は反応がない、自分がもはや何をしたいのかもわからない。冢宰にやりがいを感じているとは到底思えません。
だから阿選に恩義がありながら、泰麒が叫んだ言葉にパックリ食いついてしまうのです。

これは現代の誇るべき指示待ち人間の我々への警告にも思えます。あまり指示を待っていると、民を放置したと怒り狂う麒麟にパクッと食べられてしまいますよ、という。

すごい言い訳だと思いませんか。

張運が(民を)見捨てたのではない。阿選が見捨てたのだ。放置は阿選の方針だった。張運はそれに従っただけ。全て、道を敷いたのは阿選で、張運は敷かれた道を忠実に歩いてきただけだ。

 エルサレムアイヒマン──悪の陳腐さについての報告』を思い出します。 

 


アイヒマンというユダヤ人のホロコースト送りに指導的立場を果たした人物を、哲学者のハンナ・アーレントが分析した本なのですが、彼はユダヤ人を殺戮したいという確固たる思想があったのではなく、単なる無思想な小市民で、「上からの命令に従っただけ」であり、いわゆる「指示待ち人間」だったという分析結果を書いたものになります。

つまり戴は人類悪寸前と言える状態なのかもしれません。いや、すでに民を大量殺戮しており、人類悪なのかもしれません。泰麒が戴の官吏を異常なほど蔑んだ冷たい目で見るのがわかる。何かもっと恐ろしいことが起きても仕方のない状態であり、泰麒はそれを危惧しているのかもしれません。

彼が、冬の到来を異常に恐れているのは、この政府の様子を見て、戴の国のかなりの数の民が凍死するという確信を持ってしまったからだと思います。自分の手の届くところの民だけはすくっておきたいのだろうなぁ。

 ◆無気力は無知につながる……のか?

さて、戴の官吏の皆さんは、ほとんどの人が「大学」を出ているはずです。

戴と雁の大学の学力差がどれほどのものかわかりませんが、ほぼ同等だとすれば、雁の大学生である楽俊並みか、それ以上の知識を身につけていてしかるべきです。

しかし、2巻のp28〜30、泰麒が仇の男とアレなシーンですが(語弊)、ほとんど全員「楽俊や尚隆をつけてやろうか?」というほど無知なのです。俺たちは楽俊や尚隆にいろんなことを教わったんだな……

尚隆は王様だから、王しか知らないこともあるかもしれません。でも、このやりとりは。

単に泰麒が阿選を「あなたが王様」と言い放っただけで浮き足立つ官吏たちは……。
誓約を一切していないのに。叩頭もあのかっこよすぎる誓約も一切していないのに!!

泰麒自身の選定は頭を下げてないのでありえないと思うけど*1、こっちの反応の方が気になるよ。

 

琅燦や阿選はわざと無知を装っている印象がありますが、他の官吏の反応がバカすぎる……\(^o^)/

 

やはり無気力は無知につながるんだろうか。

◆戴の現状って

作中にも不審な妖魔が出没している気配はありました。だから、不思議な力が戴に働いている可能性もあります。

けれど、そもそもが官吏の「やる気のなさ」が今の戴の現状を作ってるんではないでしょうか。

本来、王様が暴政を敷いてすぐに代わり、麒麟が成長し王様を新しく選ぶまでの仮朝が成立しうる世なので、王様なしでも、それに代わる阿選なしでも、官吏たちはしっかり動けていたはずです。

今まで王様がおかしいから国が傾くという例ばかりでしたが、「丕緒の鳥 (ひしょのとり)  」で柳がおかしなことになっていたのは、王様が見事な法治国家を作ってしまったので、王様や官吏のやりたいことやすることがなくなったせいではないかと思っていたりします。

柳の傾きは戴の阿選に関係するのでは、という考察もみたけれど、今考え得るのは、「指示を待ち続ける」「自分の意見を持てない」というのが、見えないようでいて、下層の民にはかなり重い負担を強いているから、どちらの国も急速に傾いているのではないかと。柳と戴は似た者同士、パラレルなのではと思いました。

ここはこの辺で以上! 

 

*1:だって景麒なんて主君に危機が迫ってるから「許すとおっしゃい!!」って脅迫したほど誓約って重要だし